朝食、けさはきわどいところで間に合った。 見本市会場から少し離れたところにある、コンサートホールもある巨大ショッピングセンターを訪れ (ちゃんと考えて動かないと、方向によってはとんでもなくコンサート会場から遠いところに出てしまう。)、ピエモンテ・ブースのレストランで待ち合わせ。
今日は、コンサートの観客が増えているような気がする。 若者にしても、年配の人にしても、よりタガの外れたっぽい人がたくさんいる。 でも、コンサートの間中ずっと目を覚ますことなく、椅子に座って眠っているカップルが一組いた。 コンサートが終わってもそのままだった。 それから、最初から最後まで耳を手でふさいでいた初老の人がいたが、席を立つことはなかった。 演奏曲目は "ストラーデ" のかわりに "ヌオヴァ・オッセッシオーネ" をやった以外は変化なし。 輸送の都合上、持って来れた機材が最小限なので、あまり変化のあることはできない。 コンサートはきのうよりも上出来、最後には山のようにサインをすることになり、今回初めて、女の子たちがワーワーキャーキャーいう状況に遭遇する。 イヴァンは呆然と、CDが40枚以上も売れてしまった、と教えてくれた。 東京でのコンサートを打診する、僕たちに興味を持った人もやってきた。 日本の首都に長いこと住むイタリア人で、イタリアの様々な団体の日本での活動の世話をしていて、特にイベント関連を担当する人だ。


きのうに引き続き、再び大阪の街へ出る。 本日問題とされている場所は “アメリカ村” と呼ばれる地区。 中古楽器店とレコード屋を探しに行くのだ。 そこはアメリカ的なものをてんこ盛にしたようなところで、誰か偉い人が自由の女神像まで作ることを決めたようだった。 それもビルのてっぺんに。
行き交う人々のファッションから判断すると、オルタナティブな地域だ。 ネオ・メタル風のピーシングとジンギスカン風のヘアスタイルから、ヒップ・ホップ系を原型にしたストリートカジュアルまで、でも、一番目立つのはクラブDJ系のファッション傾向だ。 つまり、国際的に人気を博する日本人DJは少なくなかったということか。
年代物の中古ギターでパンクしそうになっている店に入る。 これは心残りになる店だ。 でも、品物はみんなものすごく高価なものばかりだった。 店の中は地獄さながらで、誰もが気に入ったギターやベースを手にし、好きなだけボリュームを上げて、好きなように弾くことができるのだ。 こんな店で店員なんてやるのは、どこかの禅門で十段ぐらいを達成するのに等しいことだと思う。 (??)
僕たちはまた、人であふれた通りに出て、信じられないようなものばかり目にする、たぶん、そう、書き留められないほど、たくさんのものを。 僕たちがいるのは “シンサイバシ” だ。
その頃、親切なユキに付き添われたブースタとラッファは、とあるタトゥー・アーティストのもとへ赴いていた。 この二人は “ヤクザ” スタイルのタトゥーをしようと考えている。 なぜ “ヤクザ” スタイルなのかというと、実は、日本では、タトゥーというものは、日本のマフィアみたいな人たちしかやらないようなものなのだ。 このタトゥー・アーティストは、しかし、この世界の導師的存在だと思われる。 世界中から彼のもとを、何をかを得ようと、あるいは単にタトゥーを入れるために訪れる人たちがいるというのだ。
夕食にありつくために、“キタ” に到着。 ここで見本市の出展関連の人たちとも待ち合わせていた。 あの天才マックス (うちの大統領 (訳注: スブソニカのギターのマックスは大統領の異名も持つ。) ではなく、ピエモンテ州政府の責任者のマッシモ。) は、その絶対権限で、出展関係者がホテルからキタへ向かうためのマイクロバスを信用貸しさせることに成功した。 ただ、全員がキタに集合した時、バスをチャーターした本人だけがホテルに取り残されていたのだ。 なんておもしろいやつ。 最初に会った日は、スーツ&ネクタイの非の打ち所のないやつだったが、日毎に、不可逆的なやる気のなさを基本とした無頓着な上品さで以って、だんだんカジュアルになっていく服装で現れるようになる。
僕たちは大阪駅近くの巨大地下街を訪れた。 そこでは一日中、人工照明の光の中で生活するのだ。 例によって僕たちは “スシ” と “サシミ” を食べることに余念がない。 ブースタは、悪名高きフグ、の注文という危険も冒す。 調理上の処理を間違えると、それを食べた人は中毒で死んでしまうってやつだ。 . . . ほんとなんだ。