ありふれた考えなのだろうが、ライブアルバムがコンサートの代用品であることはないだろう。 特にスブソニカの場合、彼らにとってステージ上にあるということは、既に日常レベルで非常に綿密に作りこまれたことであり、劇的なエンタテイメントのあり方を提示するということである。
このトリノ出身のバンドにとって、実は、ライブという瞬間は、心のおもむくままのものであっても向こう見ずな、頭脳とハートと本能のバランスをとるという操作から、唯一派生するもの。 この操作は、ダンサブルで肉体的なものと、音の探求の俊敏なフォルムのためのセンスが溶け合った、一つの "ハイブリッドな" 物を創造する方向へ収束してゆく。 一つの何物か、それは、一つの音声 (または音声/映像) のサポートによる単一次元にはうまく順応しない、いわば、様々な局面で動きを見せるべき物だ。
ということで、コントロッロ・デル・リヴェッロ・ディロンボの中に、いかにも動物的なスブソニカの姿を、興味本位に探そうとするのは大きな間違いということになるだろう。 このアルバムでは、クインテットの代表曲ほとんどすべてが (たとえば? "Colpo di pistola"、"Nuvole rapide"、"Velociraptor"、"Discolabirinto"、"Mammifero"、"Tutti i miei sbagli"、"Liberi tutti")、アレンジメントのもとで適切に現代風にモディファイされ、快活なシーケンスの中に整然と並んでいる。 そして、的を得た "Ain't No Sunshine" のカバーと、ここで再び知性と情熱が韻を踏む、卓越した3曲のスタジオ録音の新曲 (せきたてるような "L'errore"、暗く深い "Livido amniotico"、洗練された "Non chiedermi niente") を含めて、堂々たる曲目をまとめあげている。 そう、この2枚のCDには、“満足する” というのが賢明だろう。
エレクトロニック・ポップロックという象徴のもと、すべてがブリリアントな混合の中に、まさに歓喜の中にある。 また、紛れもなく印象的ではあるのだが、歓喜の音を写真にしたようなものであるはずのジャケットが、不思議なことに暗い雰囲気だというところに、あえて調和を乱した辛口の知性が感じられる。
ほんの少し意地の悪い批評をしてもよいのであれば、例えば、まだ3枚のアルバムしか出していないグループの、2枚組ライブ発表というのは、時期尚早且つ少々思い上がったことかもしれない。 さらに、このグループは、ステージ前の聴衆に対する、自らの姿勢についてのディスコグラフィクス的証言を、既に提示してもいるのだ。 (1998年に発表されたミニ・ライブ、「Coi piedi sul palco」) しかし販売戦略を鑑みるに、完全にルーティンであり、この市場の論理と相まって、今やアウト・オブ・コントロールだ。 それに、なぜならスブソニカは、若いといわれるグループの中で、アーティスティックなプロフィールのもと、そのプロジェクトを正当化しながら、また限界はあっても、コマーシャル面でのアイディアに判断を下しながら、自律できる唯一のグループだったのだ。
バランスのとれた最高の音楽的成果と、限度である20ユーロに満たない価格を実現したことによって、このアルバムの商業的な先行きが順風の段階に達することは明らかだ。
フェデリーコ・グリエルミ (Federico Guglielmi) www.ilmucchioselvaggio.it