
| タイトル | SubsOnicA |
|---|---|
| 発表 | 1997年 |
| レーベル/発売 | Mescal/Universal (現在は Sony から発売) |
| フォーマット | 1CD |
| レビュー抜粋 |
| スブソニカによる解説 |
| プロデュース | Max Casacci & Subsonica |
|---|---|
| レコーディング | Max Casacci & Subsonica, Casasonica (Turin, Italy) |
| ミキシング | Max Casacci & Subsonica, Casasonica (Turin, iItaly) (1、5を除く) 1, 5 - Carlo U. Rossi, Transeuropa Studio (Turin, Italy) |
| マスタリング | Antonio Baglio, Nautilus Mastering (Milan, Italy) |
| ミニライブ「Coi piedi sul palco」付の2枚組パッケージが1999年12月に発売されている。この2枚組パッケージも現在はSonyから発売されている。 |
ブースタによってサンプリングされたリズムをもとに、サムエルのメロディがひらめいて生まれた曲。 歌詞はほぼ全部がサムエルによるものだが、スブソニカの歌詞の大部分を書いているマックスのスーパヴァイザーであるルカ・ラガニンとのコラボレーションでもある。 ミキシングはカルロ・ロッシに全権委任。 歌詞は囚われ人の現実を物語るもので、この曲のライブ演奏は常にシルヴィア・バラルディーニに捧げられている。
リフレインのメロディのひらめきはサムエルによるもの。マックスが創ったのは、リズム、ベースギターのライン、メロディと歌詞すべて。 ブースタはストリングスのライン、ニンジャはフィナーレの歪んではめ込まれたかのような二台のドラムセットによるリズムとタムのフィルを、それぞれ創作した。
ブースタとマックスの作業である、プロセシングされたドラムスのサンプルによるリズムの実験のもとにこの曲は誕生した。 続いてマックスはベースギターとギターのユニゾンのライン、メロディと歌詞を創作。 ブラスセクションはマウマウのトランペッター、ロイ・パチと、アレンジャーでサクソフォニストのファビオ・グーリアン。 明らかに、"UFO" シリーズのような70年代の SF テレビドラマにインスパイアされた作品で、ここでスブソニカ初期のサンプリングを聴くことができる。
マックスによる初期のサンプリングから生まれる。 このサンプリングをもとにブースタがリズム、ベースギターのライン、キーボードのリフを完成。 メロディはサムエル (メガホンを使って歌っている。) による。 歌詞はマックスによるもの。
サムエルによるメロディとブースタによって創作されたベースギターのラインの上に、プロセシングされたドラムサウンドの刻印、というか、実はスタジオのあちこちで (たとえば廊下) 録音された音だったりするのだが、と、70年代のサイケデリックファンクにインスパイアされた音が積み上げられている。 Radioestensioni という言葉は サムエルが思いついたもので、歌詞はマックスによる。 この曲は自由な周波数のもとで働くすべての人に捧げられている。 ミキシングはカルロ・ロッシによってなされた。
サムエルとブースタによる過去の作品がもとになっており、リフレインの部分がそのまま残されている。 ベースギターのラインはブースタに、メロディはサムエルによって創作され、続いてバンド全体によって完成させられた。 リフレインの部分では3台のドラムセットが重なり合って弱拍を裏打ちしている。 アルバムの中でたった一つだけギターソロが聴ける曲で、これは昆虫のせわしなく飛ぶ様を思い起させるかのようだ。 リフレインの歌詞はサムエル、それ以外の歌詞はマックスによる。
メロディのひらめきは、Rolling Stones の Wild Horses のフリー・ヴァリエーションから生まれた。 この長い作業の間中、サムエルは他のメンバーをとりとめの無いおしゃべりに引きずり込もうと (堕落させようと) 企て続けていたのだが。 こんな不誠実な状況があったにもかかわらず、むりやりこの曲をアルバムに押し込むことができたのは、スブソニカ全メンバーによる、ドラムン・ベースをキーワードとした丹念な曲作りと演奏の賜物である。 注目すべきは、他のアルバム収録曲においても聴かれる音のデフォルメはもちろんだが、この曲において最も鮮明に際立っているドラムスによる数え切れない様々なリズムの組み合わせである。 このために特に追求されたのは、ドラムのチューニング、マイクポジション、コンプレッション / ディストーションといったエフェクト。 こうして、サンプリングに特徴的なほぐれたような音に、ドラムサウンドを完全に結合させることができた。 ピエルファンクは、ドラムンベースのティピカルな音、スタッカートの向こうを張るべく、木製のスティックを指につけてベースの弦を鳴らしている。 歌詞は全編マックスによるもので、多くトリノの日々を包み込んでいる霧へのトリビュートだ。
サムエルによるオリジナリティあふれるリフレインのメロディのスタイルと、またそれと均衡を保つべく不協和音の進行のもとに動いてゆく マックスによるそれ以外の部分のメロディが、見事なワンセットになっている。 ストリングス、トレモロの効いたギター、映画音楽を思わせるキーボードによって複雑になった レゲエの響きを持つこの曲は、ゆがんだ音質のリズムセクションが折り重なり次第に力強さを増すフィナーレへと流れ込んでゆく。 "自分に無いもの (=cose che non ho)" について思う、というアイディアはサムエルによるもの、マックスによる歌詞は、それを発展させたもの。
全編マックスによる作品で、スブソニカ結成以前、アフリカ・ユナイトのメンバーだった時に書かれたもの。 ブンナ(アフリカ・ユナイトのヴォーカリスト) の声にあった曲ではなかったためアフリカ・ユナイトの曲になることはなかったが、試しにサムエルに歌わせてみたところ、スブソニカの最初のデモとなるこの曲で、他を魅了してやまない熱唱を成し遂げることになった。 アルバム収録のために再アレンジ、再演奏されたが、いよいよマスタリングという時に、デモヴァージョンにあった全ての不可思議な魅力 -マジック- が失われていることに気付き、さまざまな不完全さを残したままの最初のヴァージョンをアルバムに採用することになった。
曲のベースになる部分、メロディのリフ、全体の雰囲気はブースタの作品。 マックスも歌詞の起草にあたって、 この生き生きしたキーボードプレイヤーの10代という時代にインスピレーションを得ている。
マックスとブースタによるリズムのエクスペリメントから生まれた、スブソニカとしての最初の作品。 この曲のデモにはアルバムヴァージョンでは使用されなかったヴォーカルのトラックがあったが、後にライブではヴォーカル入で演奏されるようになった。 (4分の4拍子の上に重ねられた)奇数拍子によってもたらされる狂乱の雰囲気は、スタジオのあちこちで録音された3セットのドラムスによるユニゾンのブレイクの中に流れ込んでゆく。 スブソニカ一番のお気に入りの曲。
つぶやくようなか細いサムエルのヴォーカルを、ブースタによって生み出された青白くはかなげな雰囲気の音の世界が支えている。 それはムラッツィ・アル・ポーあたりを 一晩中うろついた後帰宅する、あの甘やかでまんじりともしない雰囲気を再現しようとしたものだ。 画家のダニエレ・ガッリアーノのいくつかの絵にインスピレーションを受けたその歌詞はマックスによる。 アコースティックギターはブースタによって演奏された。