| プロデュース | Max Casacci & Subsonica (1, 7, 11, 12, 13, 14を除く) 1, 7 - Subsonica & Roger Rama 11, 12, 13, 14 - Roger Rama |
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| レコーディング | Marco Capaccioni & Subsonica, Casasonica (Turin, Italy) |
| ミキシング | Steve Lyon, Mulino Recording (Acquapendente (VT), Italy) |
| マスタリング | Guy Davie, The Exchange (London, UK) |
| 発売前に43,000枚の予約。イタリアの公式セールスチャートで1位。 | |
| 2002年12月、第3回 IMA、イタリアン・ミュージック・アワード にて、ベスト・グラフィック・プロジェクトを、Nuvole Rapide がベスト・アレンジメントを受賞。 | |
| 2002年12月、プラチナディスク 獲得。 |
amore : 愛 : 二人の間の情熱的で排他的、本能的で直感的な献身、幸福や快楽を互いに確認しあうよう仕向けるもの。
automatico : オートマティックな : 人間の直接的な干渉なしに、大量生産の過程をさらに繰り返し、あるいはその進行を緩和し、作業を成し遂げることのできる、適切に制御されたメカニズム、あるいは装置の...
ematico: 血液の、血の色をした...
さまざまな言語を話すイタリアンミュージック (散乱した感情) / 機械的なシーケンス/モーターの音
体温と血流の流動的なリズム / 空に船出するメロディ/カンツォーネ・ダウトーレ
ゲームミュージック / 衛星軌道 / 不安に満ちた焦燥
現実 / 肌 / 往来.
映画「Santa Maradona」の情景、フィルムの上にほとばしり出て、どこへということもなく消えていく雲、また、様々な物事の果てることなき流れから、素直にインスピレーションを得ている。4分の7拍子のリズミックなムーブメントは、取り憑かれるかの如きサイクルを刻みつつ曲のブレスを千々に乱していく。 エレクトロニクスと降り注ぐエレクトリックギターのサウンドに伴われた、全力で叩き出される (ハウスミュージック的な?) ベースドラムの音が、雨模様の都市郊外の建造物の間に響き渡るかのようだ。 (注: この曲は、マルコ・ポンティ監督の映画「Santa Maradona」のエンディングに使用されている。)
暗い背景に浮かぶ人工的な光の間をさまよう女性。できうる限り、すべてのものへの恨みを晴らそうと、20歳という年齢でいたずらに自分をないがしろにする、夜毎、そして異なる肌にふれる度、怒りを爆発させながら...。 ドラムン・ベースに由来するリズミックなテンポに支えられたディストーションギターと、夜をイメージさせる様々な音が、トンデッリ* の小説のようでもあり、 身近で耳にする現実のようでもあるシチュエーションをいらだたしげに描いていく。 (*: Pier Vittorio Tondelli (1955-91)、イタリア、エミリア・ロマーニャ州コレッジョ出身の作家。 80年代イタリアの風俗、風潮、芸術的傾向などを描いた 小説、短編、評論などがある。日本では、「僕たちの自由を求めて (Altri libertini)」(東京書籍) が出版されている。)
日常的な音と騒音の葛藤と調和のただ中で、ためらいがちにささやかれる情念の歌。 60年代終盤のいくつかの映画におけるサウンドトラックを多分に思い起させるパーカッションが、理性と意識とのコンタクトを描写するなか、ヴォコーダを使ったヴォーカルがかすかな狂気を物語る。 現代に溢れかえる雑音のヴォリュームを抑え込むことのできるものは、たぶん情念だけなのだろう。
すべてにおいて女性的な愛のエピソード。 背徳の午後の情景。 ラフな質感のアコースティックギターと反響するエレクトリックギターが効果音的な音の数々に伴われつつ背景を描き出し、軽やかで広がりを感じさせるエレクトロニクスが曲全体を支え上げている。
歌詞は、やがて自己を支配するメカニズムになってゆく妄執の陰謀と、それを語り始めるきっかけとなるシンプルでパラノイックな熱狂という、 二重構造になっている。 使われる単語、その意味合いがマスコミュニケーションの世界へとオーバーラップしていくのは、伝播、爆発といったものによる偶然の結果では決してない。 この作品でスブソニカはクリスマ*と出会う。 クリスマは、イタリアンポップスの歴史において最も放縦かつ過激な現実そのものである。 Nuova ossessione は音的には、アルチエリ・モーゼル デュオの初期の作品にインスパイアされたものだ。 クリスティーナとマウリツィオのヴォーカルは、サムエルのヴォーカルと共に創造的に構築され、また、マウリツィオはエレクトロニクスによる様々な効果音の創造者でもある。 この曲は、いわゆるディスコミュージックのリズムによって特徴づけられ、それゆえ皮肉で魅力的な様相を保っている。 (*: Krisma. マウリツィオ・アルチエリとクリスティーナ・モーゼルによるポスト・パンク、ニューウエーブ・グループ)
アルバムの中で最も昼の明るさを感じさせる曲。 強力なベースドラムの音とリズミックで音響的なサウンドを通りぬけて、メロディの持つジャマイカンな熱さがにじみ出てくる。 ウーファーから吐き出される重低音の波の中で “自由な肉体” をうねらせるために脳の緊張を打ち捨てるよう促す歌詞からも、ダンスフロア向けの要素は明白。 内なる重力から解き放たれた哺乳類のように本能的で始原的。
コンテクストはすでにまったく違ったものに変化しているものの、メロディラインにはジャマイカンな雰囲気を未だ残している。 この曲は、アルバムが “ジェノヴァの日々”、ニューヨークの悲劇的な日々とそれに続く戦争、という時期に制作され、誕生したことを証明するエピソードである。 Sole silenzioso は、 内的探求の末に生まれた広々とした音の世界をもたらし、また、“不可避的” 反抗を実行する人々によってしばしば創られていく歴史を思い起させる歌詞を呈する。 サムエルのヴォーカル、マックスによるメロディ、ブースタによるオーケストレーションが、すでに Nuvole rapide においてその力量を発揮している DJ ロジャー・ラマの作業によって統合されている。
イタリアンミュージックのルーツをその中に認める、音楽的基盤の情熱的探求。 この作業の中でスブソニカは、音の世界のイタリア通りという道に沿って、映画音楽の巨匠たちの興味深い作品集を並べ上げていく。 モリコーネ、オルトラーニ、ウミリアーニなどは、ここで出会う巨匠たちの名前である。 “Ieri (昨日)”、しかし、それはもはやレトロ ・モダンな手法からは遠く離れたところにある作品。 この曲では、“サウンド” が、エレガントな管弦楽的パースペクティヴの中にあった時代まで 逆行していくかのようなオーケストレーションに彩られた、様々な音色が撚り合わされている。 オーケストレーション (信頼する “マエストロ” ファビオ・グーリアンとの共犯関係に負う) は、この曲の基本要素となっている。 また、エレクトロニクスが アコースティックサウンドと歌詞との間に平然と入り込みながら背景を押し広げてゆく。 この歌詞は、時に左右されることのない友情をポラロイドを並べるかのように物語っている。
“穏やかな人々 (gente tranquilla)” とは、“家庭内” の悲劇についてなされる冷淡なテレビ報道で、概して最もよく使われる表現。 明らかに、和やかさや安らぎとはほとんど関わりのないその穏やかさは、しばしば、その落ち着き払った外見の裏に徐々に破綻していく現実社会の中にあるすべての暴力とフラストレーションをも隠している。 そしてある時、破綻した無防備な自らの姿をテレビの画面の中に見出し、慄きながら同じことが現実に起こっているのだろうかと自問することになる...。 極度に緊迫したリズムの絡み合いの上に (ドラムは3セット使用)、エレクトロニクス、ギター、そしてねじり上げられたようなヴォーカルの叫び。 この曲のゲストは、モロッコ人ラッパー、ラシッド (トリノ市在住で、ムラッツィの常連。)。 往々にして悪夢の耐えられない重さをその責に帰してしまいがちな、“心に潜む野獣、スケープゴート、耳元でささやく小さな悪魔” といった、我々にとって都合のよい架空の存在を、ラシッドはアラビア語の詩句を唱えながら具現化してゆく。 (注: 2001年前半、イタリア中が注目した、ピエモンテ州ノヴィ・リグレで当時16歳の少女が男友達と計って起こした殺人事件が、この曲の背景になっている。)
歌のシーケンスを締めくくる曲。 ここで、アルバム全体を蛇行するかすかな80年代的焦燥が、青ざめた色合いの上に爆発する。 “ディープ・ハウス” のリズムはディストーションのかかったギターによるメインテーマにスペースを空け渡し、またこのテーマは、インストゥルメンタルのエレガントなエレクトロニクスの硬質なサウンドの中にすぐさま落ち着きを取り戻す。 歌詞はとある別離のそれであり、背景となるモチーフは報復のそれである。 ほとんど音のない衝突、静寂のロデオ。 明らかに解放されなければならない、誰かによって、あるいは何かによって始められた争い。
組曲であり、分解されたもの、スブソニカ的示唆の読み直しであり、ロジャー・ラマ作のオーディオファイル。 DJ ロジャー・ラマは、この最終局面においてアルバムの持つ響きの数々を自らのものとし、さらに、ハイブリッドなフォルムに発展させるために、そのアンダーグラウンドのパワーを惜しみなく提供してくれている。 DJ はファイナルセクションの主人公となる。